2007年4月15日 (日)

日本国会での温家宝演説全文訳

りさーち東京です。4/12温家宝氏が日本の国会で演説をしました。その日本語訳が手に入りましたので全文訳を掲載します。

友誼と協調-----日本国会における演説 中華人民共和国国務院総理 温家宝 (2007年4月12日 日本東京) 

尊敬する河野洋平議長閣下、尊敬する扇千景議長閣下、国会議員の皆様  本日、私は貴国国会での演説の機会を持ち、衆参両院議員とお会いできたことをとても喜んでおります。私はご列席の皆様、さらには日本国民に向けて親しみを込めたご挨拶を致します。

長きにわたり日中友好のために貴重な貢献をされた日本各界の友人に向け、心より感謝と崇高なる敬意を示します。  今回は私の二度目の貴国訪問になります。前回は15年前で、そのときも桜が満開の四月でした。日本国民と中国人民の友好感情は、私に深い印象を残しました。今回の貴国訪問は、日本の最新の発展状況を理解したいためであり、更には日中関係の改善と発展に力を尽くし、貢献したかったからであります。昨年10月の安倍晋三首相の中国訪問が「氷を壊す旅」とするならば、今回の私の訪問は「氷を融かす旅」にしたいと希望しております。

友誼と協力、これが今回の訪日目的であり、本日の演説の主題でもあります。  友誼と協力のために、日中友好の長きにわたる歴史・伝統を継承し、発揚する必要があります。連綿と続く2000年以上の交流の中で、中華民族と日本民族は互いに学び、互いを参考とし、各自の発展と進歩を促進してきました。  秦・漢以来、稲作・植桑・養蚕・紡績・製錬などの生産技術が次々と中国から日本にわたり、漢字・儒学・仏教・法制や芸術も日本が吸収し、参考とするところになりました。  

日本は十数回の遣隋使・遣唐使を派遣し、その中でも阿倍仲麻呂は傑出した人物でした。仲麻呂は中国で数十年生活し、唐朝の重要な官吏を受け持ち、王維や李白など有名な詩人とも友人となりました。  鑑真和尚は日本への渡海を五度失敗して両目を失明しましたが、志を失わず、六度目にして渡海に成功したときは、既に66歳という高齢でした。鑑真和尚をして世を救わんとさせた仏法は日本に伝わり、長年の宿願が実現しましたが、それには12年の歳月を要しました。鑑真和尚は、日中両国民の友誼の発展のために自己の一切を奉げました。  

昨年12月、河野洋平議長は中国文化節開幕式で、日本文化の伝統の中からは中国文化の濃い香りが漂っているとおっしゃり、日中間に断ち切れぬ因縁があることを示されました。  私が思うに、中国文化が日本に伝わり、貴国の先人は日本の伝統文化を保持すると同時に、多くの新たな創造と発展をもたらしました。

明治維新後、日本の経済と社会が急速に発展し、中国の志士が日本に来て近代科学技術と民主進歩思想を学び、中華振興の道を探求して、中国の発展と進歩を促進しました。中国民主革命の先駆けである孫中山先生は革命活動を展開する中で、多くの日本の友人の支持と助けを得ました。周恩来、魯迅、郭沫若先生たちも、日本で学び、生活して日本人と深いよしみを結びました。  日中両国の友好交流は歴史が長く、規模も大きく、影響も深く、世界文明発展史上貴重なものです。これは我々が共同に持つ歴史伝統と文明の財産で、とても大切にされ、代々伝えられ、光輝くものです。

 友誼と協力のために、不幸な歳月であった歴史教訓を総括し、銘記する必要があります。周知の通り、日中両国民の2000年以上にわたる友好交流には、近代50数年の悲痛な、不幸な歴史による断裂がありました。  日本が中国侵略戦争を発動し、中国人民は重い災難を受けました。死傷者は極めて多く、財産の損失も巨大で、中国人民の心についた傷は言葉では言い表せません。あの戦争は日本人にも大きな苦難と傷をもたらしました。年配の方々にとっては、まだ記憶に新しいところです。  歴史を深く思うと、我々にはさらに深く理解できます。

日中の平和と友好は、両国国家の命運と、国民の福祉にかかわります。一つの国家、一つの民族の歴史発展の過程の中では、正しい経験であろうと反面教訓であろうと、みな貴重な財産です。自己の歴史経験と教訓の中から学び、更に直接的に、更に深く、更に有効に。これは一つの民族が持つ深い文化と自己の明るい前途に対して自身に満ちた表現です。  中国のかつての指導者が何度か指摘したように、あの侵略戦争の責任はごく少数の軍国主義分子が負うべきもので、多くの日本人は戦争の被害者でした。中国人民は日本国民と友好にありたいのです。  

戦火が飛び交うころ、聂荣臻元帥は戦場で「美穂子」という日本人孤児を助け、自ら世話をしました。そして、家族のもとへ送り返す方法を思案しました。1980年、美穂子さんは家族を携え、聂元帥を訪問しました。この話は多くの人を感動させました。  戦後、2808名の日本の子供が中国に置き去りにされて孤児となりました。戦争でいやというほど傷ついていた中国人は、彼らを保護し、死から助けて成人するまで育てました。

日中国交回復後、自発的に「中国養父母謝恩会」などの民間団体が設立され、寄付により「中国養父母碑」という中国の養父母の墓が建設されました。その中の碑文の一つにこう書かれています「我々は中国養父母の人道精神と慈愛の心に深く深く感激し、この恩を永遠に忘れません・・・」  

ここで、私はもう一つの出来事を紹介します。中国北方の港町葫芦島は、かつて日本軍が石油を輸送するところでした。ここに残されたオイルタンクのそばに一つの石碑が立っています。そこには、戦争が終結したばかりで交通が不便であり、物資が極度に欠乏したなか、中国人民が全力で105万の日本居留民を助け、安全に国に送り返した歴史の一幕が記載されています。

当時葫芦島から帰国した一人の日本人女性が自らの体験を回顧してこう言いました「2000人以上の日本の子供が石頭村で寒い夜を過ごす中助けてくれただけでなく、送り返す途中の道でも救援をしてくれました。東寧からの救命食料だけではなく葫芦島の甘酸っぱいみかんまで私にくれたことが深い印象となっています。善良で寛容な中国人は落胆した私たちの心を慰め、私たちを帰国する船にまで乗せてくれました」。

昨年6月、貴国の元首相村山富市さんは葫芦島での紀念イベントで「日本人の送り返しはまさに中華民族の寛大さと中国人民の人道主義精神を体現している」とおっしゃいました。  中国政府と人民はこれまでずっと前向きであることを堅持してきました。一貫して歴史を鏡に未来に向かうと主張してきました。歴史を鏡にするとは、うらみをひきずることではなく、よりよく未来を切り開くことであると強調してきました。

似宙国交正常化以来、日本政府と日本の指導者は何度も歴史に対する態度を表明し、侵略を公に認め、被害国に対して深い反省と謝罪をあらわしてきました。これに対し、中国政府と人民は肯定的な評価を与えてきました。

私は心より、日本側が実際の行動により歴史に関わる態度と承認を体現することを望みます。日中の和は双方の利益であり、争えば双方が傷つきます。両国人民の長い友好を実現は歴史の潮流と両国民の願望に完全に符合することであり、アジアと国際社会が切実に期待することでもあります。 

*(訳注:この段落は実際の演説で読み落とされた部分温首相が原稿の一部を読み落とし、意図的との憶測も参照) 

日本は戦後平和発展の道を選び、世界で主要な経済大国かつ国際社会に重要な影響を及ぼす一員になりました。貴国の友好な隣邦として、中国人民は日本人が続けてこうした平和発展の道を歩んでいくことを支持します。

*  友誼と協力のためには、正確に日中関係が発展してゆく方向を把握する必要があります。今年はちょうど日中国交正常化35周年にあたります。日中双方の共同努力を経て、日中関係は大きな発展を得ました。

2006年、双方の貿易額は、国交正常化時の11億ドルから、2073億ドルにまで増加しました。両国の友好都市数は233組に達し、人の往来はのべ480万人になります。日中友好関係の発展は、両国民に実際の利益をもたらしました。中国の改革開放と現代化建設は、日本政府と国民の支持と助けを得ています。このことを中国人民は永遠に忘れることはできません。  

新しい歴史条件のもと、日中両国には日増しに共同利益が増加し、共同で対応すべき重大な課題に直面しています。このような客観的な事実に基づき、両国の指導者は戦略的互恵関係の構築に対する共同認識を得るに至りました。我々の目標は、潮流と民心に順じ、日中関係を新しい歴史段階に押し上げ、平和共存・長き友好・相互利益と協力・共同発展を実現することです。

この目標を実現するためには、以下の原則が必要となります。 第一:お互いの信用を増進し、誓約を履行する 中国古代の賢人は「国や人の交流は信用が重要である」「友との交わりは、言葉に信用があるべきである」と言いました。日本人も常に「信なくして立たず」と言っています。

国と国との交流は誠心を基本とすべきです。「日中共同声明」など3つの政治文書では政治上、法律上、事実上両国関係の過去を総括し、両国関係の未来を定めています。これが日中関係の礎石です。どのような状況にあおうとも、双方が厳格にこの3つの政治文書に確定される各項の原則を遵守すれば両国関係は着実に前向きに発展するでしょう。

ここで、私は台湾問題についても話したいと思います。なぜならこれは中国と言う国家にとっての核心となる利益に関わることだからです。我々は最大の努力をもって台湾問題を平和的に解決しようとしていますが、しかし「台湾独立」は決して容認できません。台湾当局が遂行する「法理的な台湾独立」といかなる形の分裂活動にも堅く反対します。日本側も台湾問題については高度に敏感な認識を持ち、誓約を守り、この問題を慎重に処理されることを希望します。 

第二:大局に配慮し、小異を捨てて大同をとる 日中両国に具体的なの上で、またある問題の見方の上で分岐があることは認めなければなりません。しかし、こうしたものは我々の共同利益に比べ、二の次のことです。我々が戦略という目線から、長く遠い目と歴史に負う責任をもって、誠意と信用ある対話と協議を進めれば、双方の間にある問題は適切な解決法を見つけられるでしょう。

東シナ海の問題については両国は争議を棚上げした共同開発の原則に基づき積極的に協議を重ねて、平和的な解決をして足並みをそろえ、東シナ海を平和・友好・協調の海としましょう。 第三:平等な相互利益と共同発展 日中両国の経済依存度は強く、協力できる潜在力は大きく、未来は広く開けています。長年の努力の蓄積を経て、両国経済の依存度はだんだん高くかっています。

日中経済協力は、相互利益・共同勝利の関係で、両国の経済発展は、どちらから見てもチャンスでこそあれ脅威ではありません。昨日私は安倍首相との会談で、日中ハイレベル経済対話の設立し、両国経済協力をさらに高いレベルに引き上げることで意見の一致を得ました。近いうちに双方はエネルギー・環境保全・金融・高度新科学技術・通信・知的財産権などの領域で協力を強めます。 

第四:未来に目を向け、交流を強める 経済協力と文化交流は国家間をつなげる重要な紐帯です。経済協力の目標が相互利益・共同勝利を目標とするならば、文化交流の目的は心を通わせることです。両国指導者は文化交流と人的往来を強めることで同意しました。青少年は国家の未来と希望であり、また日中両国の未来と希望でもあります。

中国は日本側とともに両国青少年の大規模な交流計画を実施する団体を組織し、両国民の長きにわたる友好のために希望の種をまきたいと思います。 第五:密接な協議、 日中両国はアジアと世界の重要な国家です。日中関係の状況は、地域乃至は全世界に重要な影響を及ぼします。

我々はこのような視点から協調と協力を強め、共同で東北アジアの平和と安全を維持し、東アジア区域の協力を推進してアジアの振興に力を尽くす必要があります。我々はこのような視点から、共同でエネルギーの安全・環境保護・気候変化・疾病予防・テロ対策・国際犯罪の撲滅・大規模殺傷性兵器の拡散防止などを含んだ全世界の問題に対応する必要があります。

中国は日本が国際事務の中で更に大きな働きをしようと願っていることを理解します。国連改革の中にある重大な国際的・地域的事務を含め日本側との対話と意思の疎通を強めることを願います。  

議員のみなさん。 中国は29年来改革開放政策を実行し、経済と社会の発展は世界が目をみはる成果をあげました。しかし、中国は人は多いが底は浅く、発展は不均衡でいまだ発展中の国家です。現代化を実現するにはさらに長い道を歩まねばなりません。

我々は二つの大きな任務と向かい合っています。一つは精力を集中して社会生産力を発展させること。もう一つは社会の公平と正義の推進です。この二つの大きな任務を実現するには、二つの大きな改革が必須となります。

一つは市場を経済体制改革に向けること、一つは社会主義民主政治の発展を目標に政治体制を改革することです。中国は発展中であり、資源・エネルギー・環境などのボトルネックがありますが、多年の努力を経て我々は新しい発展の道を見つけました。それは科学発展観の樹立と実行、資源節約型建設と環境共生型社会による経済と社会の全面的な協調による持続発展の促進です。  

中国の発展は主に自らに頼っています。中国が発展すれば、周辺地域と全ての世界の発展に貢献できるはずです。我々は科学の発展、調和の発展、平和の発展を堅持して、中国の民主文明を強め、調和した現代化国家建設に努力します。中国はこれまで徳を尊び武力は尊ばず、信を重んじ睦を修める優良な伝統を守ってきました。私は責任を持って皆さんに申し上げます。中国は平和・発展・協調の旗を高く掲げ、平和発展の道を堅持し、調和社会建設の決意を推進します。これは永遠に変わりません。  

議員のみなさん。 揚州の大明寺鑑真紀念堂に一つの石灯籠があります。これは1980年に日本の唐招提寺森本孝順長老が自ら送られ、自ら点灯されたものです。この灯りと日本の唐招提寺の明かりは一対のものです。この一組の灯りは今なお燃え続けており、長く消えず、輝いています。これは日中両国の長い友好の光と未来を象徴しています。

貴国には「風は吹けども山は動かず」という諺があります。日中両国関係の発展は、風雨と曲折を経てきましたが、両国民友好の基礎は、泰山や富士山のように動かすことはできません。両国政府と両国民のたゆまぬ努力によって日中両国の美しい未来を開きましょう。我々は手をとりあい、日中の長い友好実現のため、日中戦略的互恵関係の新局面を開くため、アジアと世界の平和と発展のために共同して奮闘しましょう。

以上は中国共産党新聞を沖縄県 鍼灸師 森務氏が翻訳したものです。中国に行ってみたくなった方はこちらからどうぞ。

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